2007年10月26日
ブログが救う街の文化
おかげさまで、去年出した『『プログ進化論 ― なぜ人は日記を晒すのか』という新書について、未だに「面白かったです」とか「こんな感想を持った」なんてメールをいただいたりします。
ありがたい。
んで、思ったのですが、ネットの話なんで、本の中からいくつか抜粋して、このブログにアップしておこうかと。アーカイブになっていっても、検索してひっかかった人が、何か思ってくれたら、それはそれで嬉しいのでね。
というわけで、何となく問い合わせというか共感してもらうレベルが高いものを、アップしていきます。
まずは、「ブログが救う街の文化」というお話。これは、今でもよく思っていることです。ブログに綴るあなたの何気ない感想が街を救うことに繋がるということですね。ほい。
ブログが救う街の文化また、グルメ情報に特化したブログでなくても、美味しいものを食べたという感想は、誰もが書きやすいネタのひとつ。それゆえ、ブログの出現は街の文化を救うことになるのでは――。大げさではなくそう考えている。
「マクドナルド化」「ファスト風土化」「総郊外化」
こういった言葉をご存知だろうか。
これらは、日本の街がマクドナルドに代表される大手チェーンによって埋め尽くされつつある傾向に警笛を鳴らす言葉である。
これはとりわけ地方都市において顕著で、どこの駅前でも、どの国道沿いでも、同じようなチェーン店が軒を並べているという光景は、誰もが一度は目にしているのではないだろうか。
この現象の背景にあるのは、もともとあったその地域独自の店の撤退である。
では、なぜ撤退してしまったのか。
もちろんその理由は多様であり、一概に言えないことはもちろんだ。しかし、そのひとつに宣伝力というファクターは必ずあるだろう。
駅前にある小さなお団子屋さんが、テレビやラジオといった大メディアでの宣伝力を持つファーストフード店にお客を取られてしまって廃業。
よく耳にする話だ。
しかし、この団子屋さんが本当に美味しくて、みんなに愛されている店だったらブログの力で救われるというケースが増えると思う。
システム化されていないお店というのは、ややもすると入りにくいものだ。お店の人が頑固だったらどうしよう。お店のルールを知らなくて怒られたらどうしよう。そんな不安が先立って、勝手知ったる馴染みのチェーン店に脚を運んでしまう人は多いと思う。
しかし、前もって情報があれば、そんなに臆することもない。
「今日は、近所のお団子屋さんに行きました。ここは意外な穴場で、いつもすぐに買えるんですが、味はもうサイコーですよ。餡子の甘さも上品だし、中に入っている栗も大きい。最近、ちょっと病みつきなんです」
こんなブログのエントリーを見た人は、それまで薄暗い店内に臆していたけど、行ってみようかなと思う。そして、実際に行ってみて同様の感動を得れば、また自分のブログにも書く。
穴場感がある情報というものは、みんながブログに書きたくなるものだ。
こうして感動は伝わっていく。
また、後述するがブログというのは、検索エンジンで上位に表示されるという特徴を持っている。そのため、例えば「世田谷区 美味しい」などという曖昧な検索をした場合でも、さっきのお団子屋に関するエントリーが、かなりの上位でピックアップされる確率が高い。
そして、今の消費者行動、とりわけインターネットで情報を収集しようという人たちは、大店舗のオフィシャルホームページの情報よりも、ブログのような口コミ情報に反応しやすいという特性もある。
こういったファクターを併せて考えてみると、ブログでみんなが発信することで、街の文化が救われるという局面は必ず発生すると思う。
街にある良心的な小売店。また来たいと思う定食屋。なくなって欲しくないおばあちゃんのお店。そんなものに出会ったときは、ブログに書こう。ブログに書いて欲しいと思っている。積極的にブログに書くといったムーブメントができるといいなぁと思っている。
こういう草の根的なブログによる発信が、必ず日本の文化を救う。
どこに行っても同じチェーン店しかない。
僕はそんな街に住みたくないから、ブログに書いていこうと思っている。
こんな小さな一歩であるが、これもメディアとしてのブログの力なのである。
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